昨今、土地家屋調査士の報酬額が分かりにくいということを、ユーザーである国民の皆様からだけでなく、土地家屋調査士自身からも聞きます。
実際土地家屋調査士だけでなく、弁護士、司法書士など資格業界の報酬は分かりにくいということは否めません。
一つの要因としては、国民の皆様から見れば、資格業者に何かを依頼する機会が一生に一度か二度と利用回数が少ないことが挙げられます。日常的な買い物と異なり、経験が無ければその報酬が適正か判断しようがないという側面もあるでしょう。ただし、その判断ができないと、手続きにいくらかかるか不安で、資格業者に依頼することを躊躇する要因となります。そのため手続き着手が遅くなり事態が悪くなるという問題も考えられます。
もう一つの要因として、国による定額報酬の撤廃が挙げられます。あらゆる資格者は各々の専門分野で一定レベル以上の能力があると国が保証した人です。それらの資格者は、各々の専門分野を生かして国民の皆様のために様々な手続き代理等の業務を行いますので、資格者の業務は公共的な意味合いを持っています。よって、昔から資格者の報酬は公共料金に準じて、全国一定額の報酬額表を定められていました。土地家屋調査士の場合は法務大臣の認可によるものでした。
この全国一定額の報酬額表が、国の方針で平成15年に撤廃になりました。この流れは土地家屋調査士だけでなく、司法書士や税理士等の他の資格業でも同様で、これらの全国一定額の報酬額表は撤廃になりました。長い間、法務大臣認可のこの報酬額を真面目に守ってきた土地家屋調査士自身が、突然「明日から報酬額は自由だ」と言われ、何を基準に報酬を考えて良いか混乱が生じたことにも、昨今の報酬額の分かりにくさの要因になっています。
全国一定の報酬額について、長年「何が何でも守れ」と指導されてきたことが、平成15年を境に、一定額の報酬額を維持することは「独占禁止法上のカルテルにあたる」と突然言われたのですから、業界全体が混乱するのも無理はありませんでした。土地家屋調査士会主催の報酬に関する研修会も、長年全国一定の報酬額を守れという指導でしたが、この報酬額表撤廃後、どのように指導して良いか迷走した時期がありました。確かに、報酬額の研究や研修をするだけで独占禁止法に抵触すると恐れて報酬額を放置してしまった業界全体の責任もあると思います。更にそれに加え、バブル崩壊による社会経済の混乱が、この状況を分かりにくくしたことも考えられます。
世の中の一般的な報酬額や物の値段に定額はありません。平成15年以前の各資格者の報酬額ように何をやっても全国一律という値段の付け方は、むしろ大変珍しい職種だったと言えましょう。もちろん、平成15年以前でも全国一律の報酬額は、社会経済や取引実態に合っていないという声もありました。でも当時は、何を言おうとも法務大臣認可の報酬額でそのように決められていました。
その間に、資格業者以外の他の業界は、ごく一般的に原価計算や原価管理、事業所経営等の勉強をしていました。ですから、他の業界は売値が一定ではないけれど、すべての物の値段はその業種が潰れるほどの安値競争になっているわけではありません。
これは、サービスに対する適正な価格が合理的に示されて、消費者のニーズとバランスが取れているからでしょう。
私は、土地家屋調査士業界の新人研修を長年担当しています。昨今の新人の中に「報酬額の計算が分からず、どんな報酬額が適正か分からないままに請求し、10年もかかって合格して、2年程度でリース代を払えずに廃業する新人」がいます。その方々を見て、私は大変悲しい思いをしています。
また一方、業界内に安い報酬に合わせて「安かろう悪かろう」の仕事が見られることもあります。果たして国民の皆さんが我々資格者に与えた専門性はどこに行ったのでしょうか。お客様の安全を守ることが可能なところまで調査を重ねて、はじめて専門家として資格者を名乗れるはずです。
そこには社会に対する責任とお客様との信頼関係に基づいた適正な報酬が有るはずです。
もちろん、報酬は高止まりが理想ではありません。資格業とはいえ、いわゆる企業努力で低廉なものにしていく努力は当然のことと考えます。しかし、この企業努力ができるのも原価計算を始めとする報酬理論が有るからです。
また報酬の理論だけでなく、お客様への見積の仕方、請求の仕方、集金の仕方の実際も説明したいと考えて書きました。このようなお客様への丁寧な説明も資格業者の不得意のところですが、今の社会では大変重要なことです。
報酬の理屈は分かったけれど、いざ、実務に直面すると、「そんなことを言っても、お客様が納得してくれない。」などと、社会に安易に流されて、粗悪な業務をしてしまうことを防ぎたいからです。それは本当の意味でお客様の為にならないからです。
土地家屋調査士業務が適正に行われ、国民の皆様にとって重要な財産である不動産についての安全が図られる基盤には、高過ぎない、または原価を割らないような適正な報酬が有るはずです。
適正な報酬とは、土地家屋調査士にとってもお客様に取っても適正であるということです。
この適正な報酬について長年研修会の講師をしてきましたが、せいぜい2〜3時間程度ですべてを伝えることが難しく、また受講者の皆さんにお伝えできた部分も時間の経過とともに曖昧になってくることが問題でした。
そこで、土地家屋調査士には個々の事務所の運営とその合理的な報酬のあり方を考える一助となるために、そして土地家屋調査士に業務を依頼する方にはその報酬体系を理解する一助となるために、仲間と本を書きました。
10月末に日本加除出版から発刊されます。CD付きです。
よろしければご覧ください。