2011年5月10日火曜日

会長続投します

本日5月10日は常任理事会が開催されました。
常任理事会もこのメンバーでは最後の常任理事会になります。
20日の総会で役員改選があるので、若干の入れ替えが有るかもしれません。

2年間、走り回る会長を支えてくれた常任理事のメンバーに感謝しております。
今の常任理事は皆、全国の他会の役員に比べても、勝るとも劣らない活躍をしてくれたメンバーです。
できればそのまま全員が留任してくれれば良いのですが、そうもいかない事情も有るかもしれません。

「では、鈴木会長はどうするのか?」というご質問も戴いています。
ここでお答えすることが適切かどうかわかりませんが、お答えいたします。

私はもう一期会長を続投することにしました。

私が会長に就任した2年前の総会で、「宮城会を今後10年社会の変化に問題なく対応できる組織に早急に変える。」と申し上げました。
周りの方々には、「そして一期で辞める。」と申し上げておりました。

「一期では何もできないよ。」とアドバイス下さる方もいらっしゃいました。
私は「一期で何もできない人は、二期でもできない。」と思っていました。

「二期四年が慣例」というお話も有りました。
私は、「役員任期が慣例で決まるなら、その組織はものすごく成熟しているか、まったく会員が無関心な組織であるかのどちらかである。」と考えています。

私の場合、お蔭様で理事や事務局のスタッフに恵まれて、この一期で、やりたいことは結構できたと思っています。

そこで、役員を全部引退して、奥さんとベガルタ仙台のアウェイ参戦三昧をするつもりでした。

3月11日まではそのつもりでした。

今宮城会は震災により、緊急を要するものも、長期的なものも、やることが突然山積みになりました。
関係各所との協議、日調連との折衝、全国の支援者との打ち合わせ、被災会員の個人事務所復興のアシスト、地域住民の皆様への支援等々、毎日進行中です。

今は、もう少し働きなさいと引導を渡されたと考えています。

地域も業界も一部の人間だけで復興ができるわけではありません。
本会、支部、公職協会、政治連盟、青調会、個々の会員が「チーム宮城」として一体として動かなければなりません。

私は覚悟を決めました。奥さんにも待ってもらいます。
皆さんと一緒に頑張りたいと思っています。