2012年6月17日日曜日

恵比寿様とお地蔵様にお願いしました

今日も女川町に行ってきました。

明日締め切りの被災建物の滅失調査の概況調査報告のチェックも兼ねて、女川の被災地を回ってきました。昨年の3月に行ったときとガレキの位置が変わっただけで、何も変わっていません。



高台の住宅地から、遠くに海が見えます。
あの昨年3月11日の大津波がここまで来て、周囲の住宅はすべて壊されました。
今敷地は、雑草だらけになっています。
海とこの宅地の間にガレキの山が有ります。
このガレキの山の長い尾根が続いています。


「女川浜字川尻」の全部の建物の中で、唯一形が残った建物です。
写真撮影位置から奥の建物まで、その間に5軒の建物が有ったのですが、ガレキに変わってしまいました。



奥の残った建物に続く階段に残っていた恵比寿様です。
後に関西で商売の神様にもなった恵比寿様ですが、もともと漁業の神ですから、女川にはたくさん祭られていたのでしょう。



上の写真の右側の建物は「宮城県原子力防災対策センター」です。
また、左側の建物は「宮城県原子力センター」です。
女川の原発は問題無いそうですが、この2つの建物の被災に限っては想定外で、仕方なかったのでしょうか。




道ばたのお地蔵様です。
道路から撮影していますが、奥の住宅地までは雑種地ではありません。この道路から奥まで住宅が建ち並んでいました。
お地蔵様にお花やお供え物だけでなく、ヘルメットまで被せた人は、ここの縁の人なんでしょうね。

恵比寿様とお地蔵様にお願いして来ました。