2011年7月26日火曜日

本音でライトな優しさを持った日本の未来

夏休みで若いボランティアが頑張ってくれています。

被災地には、まだまだ沢山の仕事があります。
暑い中、様々な作業をして戴き、本当にありがたいと思います。

大人は考えすぎて動けません。
何かを背負いすぎるのでしょう。
「人助け」という言葉が重すぎるのでしょう。

被災地全部を片付けるつもりでなくて良いのです。
一日だけでよいのです。
ちょっとでも復興が進めば良いのです。
力仕事以外でもボランティアの仕事が有ります。

若者は、そう気軽に考えて、ボランティアに来ます。
それで被災地は助かります。

我々の土地家屋調査士業界でも、大震災の直後、すぐ動き出したのは、組織に縛られない全国の若い土地家屋調査士でした。

気軽に動くボランティアに危うさを見る人もいます。
確かにまったく問題が無いわけでは有りません。
でも被災地は問題だらけなのです。
「たてまえ」を言う前に、まず動く人が必要です。

金髪でピアスをしている怖そうなお兄さんが、避難所で大活躍しているのを見ました。
若者と言われる世代が、誰に頼まれたわけでもなく、誘い合って東北に来ています。
「日本の若者も捨てたものじゃない。」と言うより、「本当に大したものだ。」そう思います。

若者が社会のルールからはみ出して見えるのは、昔からです。
変なルールからはみ出しているから、本音でボランティアに来ているのです。

大人はボランティアにくると、まずどこかに出席を取りたがります。
「私が来たんだ」と何か残したがります。
若者が「私」と言っても、どうせ誰も知りません。
「たてまえ」で動いているわけではないのです。

この世代は、おそらく違う価値観で生きていきます。
そしてこの世代が、まもなく日本人の中心になるのです。
高度経済成長を知らない若者達は、「いつかはクラウン」というコピーに惑わされた世代とはまったく違う感性を持っているはずです。

「戦後」、日本の若者は変わりました。
「震災後」、若者はこの経験を経て、更に変わるでしょう。

「この若者世代になったら日本は潰れる」と言っていた訳知り顔の大人が日本をどうしたか。
その代表の政治家達が何も被災地を救えないでいるときにも、若者は動いています。

本音でライトな優しさを持った若者達が創る新しい日本も面白いと思いました。

2011年7月25日月曜日

ふるさとへの帰りを待てる期間は?

原発で汚染された我が家にいつ帰ることができるのか?
つらい疑問です。

汚染された我が家は、汚染されたふるさとに有ります。
住家だけでなく、生活、文化、就業、すべてでふるさとです。

本当に帰れないのなら別の土地に動く決断をしなければなりません。
でも「5年待て」と言われたら待てるかもしれません。
残念ながら、その目処を知らせてくれる人は、今の日本には誰もいません。

本日の日経新聞に以下の記事が有りました。

帰宅待てる期間「1~2年」41%
福島・大熊町が住民調査
早期帰宅希望が最多
2011/7/25 11:50  

記事では、福島第1原発の警戒区域に全域が指定されている福島県大熊町の町民アンケートを紹介していました。

その中で「最大何年待てるか」というアンケートの問いに

半年以内・・・・・・・9.0%
1~2年以内・・・41.7%
3~5年以内・・・19.7%
10年以内・・・・・・・5.1%
いつまででも・・・13.2%、

このアンケートの難しさは、「実は何年かかる」という重要な前提条件がないことです。
たとえば「○年で安全になる」と国が答えている前提なら、このアンケートの答えも変わってくると思うのです。

日本人は本当に我慢できる国民です。今回の震災でも実感しました。
被災者は我慢しています。支援者への気遣いすらしています。
だからこそ、被災者は明確な答えが欲しいのです。
曖昧な希望はかえって被災者を不安にさせます。
できないことは「できない」と明確に答えが有れば、できる中で希望を見いだします。
耳障りの悪いことを隠す、または耳障りの良いことだけを言っているリーダーは、特に危機の際には不要です。
これは、どんな組織でも言えることです。

2011年7月19日火曜日

土地家屋調査士の日

「土地家屋調査士の日」は7月31日です。


先月の日調連総会で「土地家屋調査士の日」が制定されました。
昭和25年7月31日の第8回臨時国会員おいて、議員立法による土地家屋調査士法が可決し、同日施行された日に由来します。

日調連では、この土地家屋調査士の日を記念日として制定することにより、土地家屋調査士会員の各々が、「不動産に係る権利の明確化を期し、国民の信頼に応える」という社会的使命を再確認する機会にするとともに、市民の皆様への土地家屋調査士制度の役割をPRする機会とするとのことです。

あらゆる業界に「○○の日」があります。ほぼ毎日何かの日になっています。
「表示登記の日」は4月1日、「法の日」は10月1日でしたね。
今月の変わり種では、26日が「幽霊の日」、30日が「プロレスの日」だそうです。
だいたい何かの発足の日を記念日にするか、5月8日は「ゴーヤの日」のような語呂合わせで記念日を決めるか、があるようです。

資格業界では、「行政書士の日」が2月22日、「税理士の日」が2月28日、「弁理士の日」が7月1日、「公認会計士の日」が7月6日と定められているようです。

記念日が必要かどうかということについては、目くじら立てて議論する必要もないでしょう。
日調連が言っているように、広報的にも、会員が自覚を持つためにも、という理屈はそのとおりでしょうし、そもそも、記念日は無いより有った方が楽しいでしょう。

その日をネタにイベントも企画しやすい訳だし、そのイベントの打ち上げをすると考えれば、土地家屋調査士の日の7月31日は、とてもビールの旨い季節である訳ですし。

誕生日だって、いくつになっても嬉しくないですか。
・・・私だけですか。

記念日といえば、一時「10年目の結婚記念日はスイートテン・ダイヤモンド・・」とかいう、とんでもないCMをテレビで流していて、密かにプレッシャーを受けていたときの言い訳を思い出したので、書いてみます。

「誕生日ならプレゼントという理屈はわかります。でも結婚記念日は二人のものですね。片方が一方的にプレゼントするという理屈は、二人で祝う記念日を冒涜しているような気がします。」

えっ、言い訳が成立したかって?

2011年7月14日木曜日

7月常任委員会

7月12日には常任理事会が開催されました。
新しい常任メンバーになってから2回目の常任理事会でした。
以前も書きましたとおり、常任理事会は月一度原則第2回曜日に開催されますが、各部の進捗状況や会務の方向性を確認したり、理事会から付託されている細かいことを決めたりしています。

今回の報告及び確認事項は日調連総会と東北ブロック総会の内容です。
報告事項は、読めば分かることに時間を割きたくありません。
書類に書いていないニュアンスが重要です。ここを共有するための報告事項です。
このあたりの考え方は、以前のブログに書いた「会議の方法」をご覧ください。

各部の主な報告事項は以下のとおりです。

総務部
会員名簿の準備。
記載内容を見直。ご協力をお願いします。

財務部
財務管理方法の見直し。
会費管理のプログラムを内部作成中。

業務部
被災建物の職権滅失登記の研究。
地図復旧事前調査の研究。
街区基準点の取り扱いの研究。

研修部
7月21日の斉藤弁護士による研修「震災事例に学ぶ」び」準備。

広報部
月報の発行。
志津川高校への出前講座の検討。

協議事項では、震災復興と被災会員サポートについてを中心に話し合いました。

この時期、役員は考えることや動くことがたくさん有ります。
理事会や各部以外に、復興やサポートの為の特別委員会の必要性も議論しました。


被災会員のサポートは、これからも、できるだけやります。
被災直後は目の前の困っている人を次々に助けました。
あのときに、あまり公平ばかり言っていると何も動けません。
水道が出てから水を配るようなことになります。

今は会員さんも落ち着きました。
これからは当然に公平に進められます。

ただし公平については、私は以下のように考えていますので、ご理解をお願いいたします。

「公平な権利を主張するためには、義務も公平でなければならない。」

2011年7月12日火曜日

訃報ー山市恭弘会員の岳父様、岳母様、甥御様

山市恭弘会員(仙台支部、宮城会理事)の奥様のお父様、お母様と甥御様の三人のご葬儀が下記のとおり行われます。

本通夜
日時:7月16日(土) 14時
会場:田中前葬祭会館想雲
(気仙沼市田中前1-4-12)

葬儀
日時:7月17日(日) 11時
会場:法玄寺
(気仙沼市入沢7−18)

喪主:千葉和宏様


死因は東日本大震災によるもので、大変残念なことです。

岳父様については以下の文が添えられていました。

「尚、父清志儀は未だ行方不明ですが、百ヶ日を過ぎ、心に区切りをつける為、葬儀をする事と致しました。」

心に区切りをつけると言うことは、とてもとても辛いご決断だったと思います。
ご冥福をお祈り致します。

2011年7月11日月曜日

東日本大震災から4ヶ月

3月11日の東日本大震災から、今日で4ヶ月経ちます。

3ヶ月目のブログにも書きました。
2ヶ月目のブログにも書きました。

大震災は4ヶ月前の出来事ではないのです。
3月11日から始まった震災が今日で4ヶ月目であると言うことなのです。

 確かに東北は少しずつ立ち上がり始めています。
東北に旅行にいらっしゃった方々には、震災前の日常に近い生活が始まっているようにも見えます。
でも、4ヶ月経った今でも、毎日のように新たな遺体が見つかっています。
あの日から閉まったままの店もたくさんあります。
あの日から自宅に住めなくなった人達は、ニュースで紹介されている沿岸部だけではないのです。

放置されているところは、何年もそのままでしょう。
昨日も仙台市内の被災地の折立地区を見てきましたが、3月から変わっていませんでした。
造成された宅地がまるごと道路に滑り落ちています。

道路が至る所、隆起と陥没をしています。


道路側溝が使い物になりません。幅員も変わっています。
「筆界が水平移動した」だけの処理は難しいでしょう。
その先では建物が地盤の陥没とともに傾いています。

道路が割れて、側溝もガードレールも斜めに倒れています。


今までは人間として被災地に向かっておりました。
専門資格者である土地家屋調査士として、被災地のお役に立つのはこれからです。
この機会にと一儲けを企む火事場泥棒みたいな連中もいるようですが、復興予算から見てもそんなに美味い話ではないと考えています。 世間は見ています。
むしろ地域に根ざしながら、何年かの闘いに臨む覚悟が必要と考えています。

実は先日体調を崩して入院しました。ブログの更新が頻繁にできなかったのは、このせいでした。
お陰様で退院して、今は復調いたしましたが、この件についても関係する皆様にご心配とご迷惑をお掛けいたしました。疲れているときは一番弱いところにくるようです。長い闘いだからこそ、健康に気をつけて進みたいと反省も致しました。

あの3月の震災直後の不安の中、全国の皆様からの暖かいご支援が、どれほど嬉しく、どれほど頼もしかったか、お礼の言葉もありません。 
厚かましいようですが、今後ともご支援をよろしくお願いいたします。

2011年7月8日金曜日

彼が行きたかった柏戦は明日

Jリーグの戦いは3月5日に開幕第1節を終えて、第2節は3月12日に開催される予定でした。
そして、その前日の3月11日があの大震災でした。
東北はサッカーどころではなくなり、その後のリーグ戦の予定が白紙になりました。

我がベガルタ仙台は、練習もできる状態ではないので一時的に解散しました。
その間、選手達は被災地でボランティアをしたりして過ごしていました。あの日本を代表するフォワード柳沢敦選手も、一ボランティアとして登録し、実際に被災地で頑張ったそうです。ちなみに受付で「どなたですか?」と尋ねられたそうですが。

Jリーグは、その後の4月23日に第7節から再開されました。
ベガルタ仙台は、他チームに比べて練習不足を抱えながら、再開幕に臨みました。
サポーターとしては、結果はどうなっても、またサッカーが見られる日常を取り戻せたという喜びで一杯でした。避難所からスタジアムに駆けつけたサポーターも沢山いました。私は、選手が入場する際に歌うカントリーロードだけで涙が出ました。

選手達も相当な覚悟で試合に臨んでいたようです。
先日の暑い中の戦いでも「辛くても俺たちは90分で終わる。被災者の辛さは何年も続くんだ。」と言って選手は死力を尽くしました。スポーツでは、精神的な強さが玉際の一歩を変えます。我がベガルタ仙台は、驚異的な精神力で、開幕から12試合負け無しの記録を作りました。
現在のところJ1リーグで第3位という好位置に付けています。まだ順位に一喜一憂する段階じゃないと分かっていますが、嬉しくて嬉しくて。

さて、失われた第2節から第6節は、この7月に振り替えて開催されます。
明日7月9日は第3節で、アウェイで柏レイソルと戦います。
あのサポーターの彼が行きたかった柏戦です。
あの震災直後には想像もできない首位と3位との戦いとして、そしてベガルタ仙台が勝てば首位になる可能性のある戦いとして開催されます。彼も楽しみにしているでしょう。

この世に残った人間としての幸運を噛み締めながら、私はテレビ観戦ですが、彼と共闘したいと思います。

2011年7月6日水曜日

「震災相談事例に学ぶ」研修会

宮城県土地家屋調査士会では、今回の大震災に関して、たくさんの機会を捉えて被災者からの無料相談会を開催しています。
この相談会開催と運営については、各支部と会員の皆様には、多大なご協力を戴いておりますことを、心から感謝しております。

さて、その相談会の相談の中身を見ていると、多岐にわたる相談が来ています。相談にいらっしゃる被災者の方々は、相談員が何の資格だろうが、何でもかんでも聞きたいということで、本当に様々な質問をされています。
それに対して、もちろん他の資格業法に抵触するような回答はできませんが、質問が他の資格業の分野であっても、その理論や回答内容が頭に入っていると、相談者のために手戻りのない回答はできると考えます。

先日の「新役員になった人へ」にも書きましたが、私たち役員自身が今一番知りたいことを企画することが会員の皆様の役に立つと考えて、まさに今の時期お客様と会った際に相談される可能性のある案件をピックアップして解説する研修会を今回企画致しました。

来る7月21日に開催いたしますので、是非ご参加ください。

以下は、先日のメール便に入れてお届けした研修会の案内です。


宮調会発第163号
平成23年6月28日 

会 員 各 位
宮城県土地家屋調査士会
会長 鈴木 修
  
「震災相談事例に学ぶ」研修会開催について(通知

日頃は会務運営に対し、ご理解・ご協力を頂き有難うございます。
 さて、今回の東日本大震災に関連して、当会にも多種多様な相談が寄せられております。
会員の皆様におかれましても、被災者の方、取引先等より様々な質問が出され、相談内容によっては、対応に苦慮することもあるかと思います。
そこで今回は当会顧問の斉藤睦男弁護士に震災相談事例に学ぶと題しまして、当会に寄せられた相談事例及び弁護士会に寄せられた相談事例に対し、法解釈を中心にご講義を頂く事にいたしました。
なお研修部で考えた、地震により生じると思われる諸問題(相隣関係、土地・建物関係、借地借家関係、相続関係)の回答も併せてお願いしておりますので、会員の皆さまには是非ご参加下さいますよう御案内申し上げます。
  
  
1.日   時  平成23年7月21日(木)
午後1時30分~午後4時30分

2.場   所    仙台市青葉区支倉町2番48号
「宮城県建設産業会館 1階 大会議室」 

3.内容・講師  「震災相談事例に学ぶ。」
講師  宮城県土地家屋調査士会顧問 
弁護士 斉藤睦男先生    
CPDポイント:3ポイント 
         
4.そ の 他  会員証でCPDポイントをつけますので、忘れずにご持参下さい。

2011年7月4日月曜日

支援する立場、支援を受ける立場

復興大臣の言葉が物議を醸しています。
「知恵を出さないところは助けない。」と言っています。
「何市がどこの県かわからない。」とか、「県でコンセンサス得ろよ。そうしないと我々は何もしないぞ。ちゃんとやれ。」とも。
大臣が来てやったのに、お迎えに出るのが遅れたことに腹を立てた、ということも聞きました。すべて命令口調で、しかも最後は「この発言はオフレコだ。書いた社は終わりだから。」と恫喝までした映像が放送されました。まったく理屈以前の品性の問題であると考えます。

被災地の人間達がギリギリで生きている處に行って、知恵を出せという言葉は、知恵が有る人では言えない台詞でしょう。震災からまもなく4ヶ月、ここまで知恵を出さないのは、または出せないのは、誰なのか、そしてどこなのか。

復興大臣が一番やらなければならないのは、「被災者への安心感」を与える事です。
それによって「復興への希望」が出るのです。
被災地が一番困ることは、この暴言でまた国会が揉めて、復興に時間がかかる事です。まったく話になりません。

そもそも被災地を支援するということは、どのような立場なのでしょうか。
上から目線の問題は、この品性の無い発言者だけのものでは無いのかも知れません。
誰かを支援する際に、どこか上から目線でやっていないだろうか、ということを再確認して欲しいのです。
また支援を受ける立場は、遠慮しつつ、何度も何度もお礼を言いながら、ぺこぺこと頭を下げながら戴かなければならないのか、ということも再確認して欲しいのです。

これは、今回の震災の被災地支援に限ったことでは有りません。
日本人はボランティアについて、歴史的にも慣れていないのでしょう。
例えば、他の開発途上国に対する支援等も「支援してやっている。」という気持になっていないでしょうか。

当たり前に助ける、当たり前に助けてもらう。
そのような国に住みたいものです。

私たち被災地は、何か支援を戴くのに卑屈になっていません。
ただただ、恵んでもらっているつもりは無いのです。
立ち直ったら、必ず日本や世界にお返しするつもりだからです。
その固い決意と確信があるから、遠慮なく支援をお願いしています。