2012年5月6日日曜日

復興は徐々に

震災復興は、とても時間がかかるものです。
そして、どこまで戻ったら復興なのか、これも定義が難しいものです。

日本人の生真面目さから、100%に近く元に戻らないと復興できたと言えない人もたくさんいるでしょう。
でも、被災地の大半の人間はそこまでは考えていません。
なにしろ「命が残っただけ幸せ」という思いなのです。
私自身、ここまで災害を身近に感じたことは無かったし、今日自分の命が有るのは偶然かも知れないという実感が有ります。
ほんの一日あの地震が遅ければ、私の命が無かったかも知れないのですから。
「すべてを失った訳ではない」と考えて、「現状がすでにプラスである」と考えれば良いのです。
復興も焦らずに、できる範囲から進めれば良いと思います。

あの仮設のコンビニを見たときは、とても嬉しい思いでした。
店主にとっても、地域にとっても、大きな復興でした。

今日の河北新報に気仙沼の老舗ホテルが再開というニュースが有りました。
一時は再開絶望かと聞いていたホテルです。
このホテルの「最低限の設備だけでも再開する」という判断に、心から拍手を送りたいと思います。


気仙沼・被災の老舗ホテル「一景閣」
15日再開、急ピッチ(河北新報 5月6日)

 東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市弁天町の老舗ホテルが、15日の営業再開に向け急ピッチで復旧工事を進めている。同市で営業している宿泊施設は震災前の半数以下にとどまるが、復興事業の工事関係者の宿泊需要は高い。ホテルは約130人の宿泊が可能で、経営者は「復興の一翼を担いたい」と意気込む。

 再開するのは1916年創業の「ホテル一景閣」(6階建て)。現在は被害を受けた調理場や電気設備の修繕を進めている。15日の再開を前に、13日には関係者がテープカットを行って再開を祝う予定。
 客室は43部屋で、当面は主に道路工事や住宅建設の作業員らを中心に宿泊してもらう。価格は震災前の半額程度、1人1泊(朝食付き)5000~6000円に設定する。
 気仙沼湾から約200メートルの海沿いに位置するホテルは、地元の海産物やフカヒレを使った料理が自慢で、観光客に人気があった。震災時、津波は2階まで到達し、上階の客室に周辺住民約70人が避難した。
 市観光課によると、市内にあったホテルや旅館など88施設(収容約4400人)のうち、営業しているのは約4割の38施設。宿泊できる人数もほぼ半分の約2400人にとどまっている。
 市観光コンベンション協会の会長も務める斉藤徹ホテル一景閣会長(73)は「宿泊需要は依然高く、再開は急務。最低限の設備を整えるだけだが、先代がホテルを築いた場所に早くあかりをともしたい」と話している。
営業再開に向け工事が進むホテル一景閣。周辺は住宅や水産加工場の土台だけが残り、復興は進んでいない