2011年12月5日月曜日

ベガルタ仙台最終節に思う

東日本大震災の翌日3月12日は、サッカーJ1リーグの第2節、ベガルタ仙台のホーム開幕戦でした。新しいベガルタのチームをホームで見られる楽しみで一杯でした。

1997年の仙台スタジアム(今はユアテックスタジアム)がこけら落としした頃、当時ベガルタ仙台はブランメル仙台と言っていた頃ですが、私はその頃からのサポーターです。
毎年シーズンチケットを買って、夫婦で参戦しています。
なかなか勝てないJ2時代、2001年のJ1昇格と2年でのJ2降格、ジュビロ磐田との悔しい入れ替え戦、そして2年前の再昇格と、長年見てきました。
今年はマルキーニョスも加入して、更に楽しみなシーズンの始まりでした。

しかし、そのホーム開幕戦の前日に、あの大震災が起きました。
大変広い範囲が被災しましたので、サッカーは当分の間中止となりました。
ホームであるユアテックスタジアムも、震災で使えなくなり、再開の目処が付きませんでした。
ベガルタ仙台の選手達も一度解散して、時期を待ちました。中には、地元に帰らずに宮城に留まって、ボランティアに頑張った選手も少なくありませんでした。

被災地を廻った選手達は、「このような状況の中でサッカーなんかやってて良いのか」と思ったようです。
実は私も4月23日にJリーグが再開すると聞いたとき、「震災対策本部の立場の人間としてサッカーなんか見に行っても良いのか」と思いました。

少し後ろめたい気持ちも有りながらも、再開試合の冒頭で、選手入場の際の「カントリーロード」を聞いたとき、涙が出ました。
すべての人間が自分のできることを一生懸命にやることが、復興への道なんだと思いました。

練習場捜しに苦労し、試合と練習の合間にボランティア活動と、選手も本当に頑張りました。
「東北の希望の光になる」、被災後ベガルタ仙台の合い言葉です。

そして昨日3日、Jリーグは最終節を迎えました。
相手はヴィッセル神戸、同じ被災を経験した土地として、仙台に支援を続けてくれたチームです。チームとしては練習場の提供を申し出てくれ、サポーターの皆さんは沢山の支援物資を届けてくださいました。神戸のホームゲームの際に仙台が行ったときにも、仙台に対する激励のビデオメッセージをスタジアムで流してくれました。

チームのサッカースタイルも、似ている両者です。
サポーター同士、試合前後にエールを交換し、選手達は大雨の中にも関わらず、最後までアグレッシブに戦い、本当に良い試合になりました。
そしてJリーグの絆を確信しました。

一年間練習不足の中「仙台は負けない」というコンセプトのもと、徹底した守備を磨き、2位に大きく差を付けたJ1最少失点25点の快記録を作りました。そして、J1リーグで第4位という好成績で終了しました。

このチームのサポーターで良かった。
そしてJリーグのサポーターで良かったと思いました。