「ノックス・マシン」 法月綸太郎
正月に読んだ本の中に、この本があります。
「このミス1位」ですから、まあ大きく外れることは無いだろうと思って読んでみました。これはミステリーとSFの両方のテイストを持った秀作だと思いました。
私ミステリーもSFもさんざん読んだ時期があります。
そういった眼で見ると、ミステリー的な部分からもSF的な部分からも、謎解きの部分は斬新なものではなく、先が読める部分も有ります。
しかし、それはネガティブなものではなく、古典的でなおかつ本格派であるという言い換えもできるものです。
過去のSFの世界には「落ち」だけに着目して書かれていたライトなジャンルも確かにありましたが、むしろ本格SFはどのような世界観(言い換えれば壮大なホラ)をどこまで広げるかが勝負です。
そういう意味では、表題作「ノックス・マシン」の近未来の世界観の構築がとても良かったと思います。
この作品中で作者は「数理文学解析」という学問を作り出しました。
この学問については以下の説明が記載させています。
「もともと詩や小説作品に用いられる単語や成句の頻度分析から始まった学問である。計算機テクノロジーの飛躍的な進歩にともなって、研究の対象は語句のレベルから文章のクラスタ、さらに作品構造の解析にまで引き上げられ、作家固有の文体を統計学の手法によって記述することが可能になった。」
「『オートポエティクス』と名付けられたコンピュータ文学制作の試みは、2010年代後半に至って、ようやく商業的な軌道に乗り始める。」
「シェイクスピアやドストエフスキーの「新作」が次々と出版され・・・」
このような世界です。この世界の中で、作者は20世紀の探偵小説を語るのです。
この表題作は古典SFの王道「タイムトラベル」と、探偵小説の綱領「ノックスの十戒」をうまく使った秀作だと思います。傑作とまでは思いませんでしたが。
他にも本書には
「引き立て役倶楽部の陰謀」
「バベルの牢獄」
「論理蒸発ーノックス・マシン2」
が納められています。
「引き立て役倶楽部の陰謀」はライトミステリーファンでもクスッと楽しめる設定でしょう。
「バベルの牢獄」はこの電子出版の時代に書かれた、もっと未来の世界を設定しながらも紙の出版でなければ成立しない挑戦小説です。
読後には紙を透かして見たくなるはずです。
そして最後の「論理蒸発ーノックス・マシン2」は、冒頭の表題作を受けて、そのホラをもっと膨らませて書いています。ホラが回収できていない気もしますが。
誰にでも勧められる本かというと、それは違うと思います。
「良い本ですか?読んだ方が良いですか?」と聞かれたら、その人の読書の背景を考えながら、各々違う答えを告げるべき本だと思います。
この本に収録されている短編集は、クリスティやクィーンなどの多くのミステリーの知識が伏線に使われています。これは作者による読者のミステリー知識(愛?)を試される本でもあります。
ですから、この本が「このミス1位」になって、本屋で平積みされるのはどうなんでしょうか。少し考えてしまいます。
「このミス1位」を見て「たまにミステリーでも読んでみるか」と言ってこの本を手にした人の中には「とてもつまらなかった」という人も多いと思います。
私も手放しで面白かったとは言いません。「あの世界観の構築」などの言い方で褒めているのです。
では何故この本が「1位」になったのでしょうか。
もしかしたら、選者の「このような本を1位に選んだり、褒めたりすることで、他人に自分がミステリー通であると証明することになる」という自己顕示からなのかもしれません。
「じゃあ、やはりこの本は読まない方が良いですか」って?
いえいえ、この本を「つまらない」と言う人に、「もう少しミステリーを読み込むと、この本がとても面白いことが分かるんだけどな」とミステリー通の見栄を張れますよ。