2015年6月8日月曜日

夢を売る男 百田尚樹

夢を売る男 百田尚樹 著 を読みました。



今や「表現を受けたい人」よりも「表現を発したい人」の方が多いという世の中。
そうこの本の著者百田尚樹は言います。
そして多くの人には書物を出版したい欲望があるとも言います。

この本には、そのような出版を夢見る人々が出てきます。
自分にはスティーブ・ジョブズと同様の才能と未来があると根拠のない自信をもつフリーター、他のママ友とは違うという自慢の教育論を発表したい主婦、自分の波乱に満ちた生涯をまとめた自伝を書きたい団塊世代の元私大教授など。この人物造形が秀逸です。

そんな本を出したい人たちを食い物にするビジネスが、この本の丸栄出版のジョイントプレス。ジョイントプレスとは、自費出版とは違い、出版社と筆者が資金を出しあって出版する事業と説明しています。
この本では、上手いことを言って著者をその気にさせて結局著者だけに大金を出させることで成り立つビジネスで、出版社側として本は印刷するが最初から売るつもりは無いというビジネスです。

この詐欺まがいのビジネスの中心にいる丸栄出版の編集者が牛河原勘治であり、本書の主人公です。嫌なビジネスをしている中心人物なのですが、とても魅力的な人物です。彼のお客になる著者達へのトークは実に見事で、その説得力に引き込まれます。
「著者は本を出版するという夢を買っているのだ」というのが彼の信念で、少なくてもこの本では、騙されたはずの著者達は被害者として自覚が無く、最後まで夢を見続けています。誰も傷ついていません。
牛河原は後輩に、出版業界と著者の関係やその裏側を説明しながら、ビジネスを説明します。読んでいて、このビジネスもそれほど悪くないのかもと、牛河原に私も騙されます。

丸栄出版の事業を真似した競合出版社が現れたとき、牛河原の対応に彼の信念が見られます。ほぼ同じに見えるビジネスですが、やって良いこと悪いことの線引きを牛河原は後輩に説明します。おやおや私、またしても騙されそうです。
最後まで詐欺ビジネスで終わる本かと思っていると、最後にちょっと良いエピソードで締めています。もう牛河原のファンになりました。

一度でも本を書こうかと思った人、本までは書かなくてもブログを書いている人は是非読んでみてください。牛河原の言葉では日本語を書ける人なら全員だと言っていますから、皆さん読んでみてください。読んでズキッとします。そして無類に面白いです。

私は読んでみて「とんでもない本が出た」と思いました。
私も6年弱このブログを書いていて、先日会長ブログを終えたはずなのに、まだブログを続けています。
そして書籍出版を過去2冊出し、毎年加除式の書籍の原稿を書いてもいます。何と3冊目の本も書いていますし。
私はこれらは後輩のため書いたと自分で信じていたけれど、本当は自分で書きたかっただけなのか、何か表現したかっただけなのか。
私ごときの駄文が、これ以上何か世間に発して良いのだろうか、牛河原のセリフにはいろいろ考えさせられました。

いや、考えただけです。
だって、この書評をまだブログで表現していますし。